弔いはやっぱりタイミング。青木のお坊ちゃん。


by specialmixjuice

一味唐辛子舐めたことある?

スポーツ選手が最高のパフォーマンスを発揮するには体に力がMAXに入ってるとダメで
適度に筋肉を弛緩させてる状態が良いというのをテレビで見た。
いかに筋肉を弛緩させることができるかがアスリートにとって永遠のテーマなのだとか。

もっと簡単なことで言うと
二輪車のチェーンはギッチリと張ってるとダメで、適度な緩みが必要だということに似ている。


この世の森羅万象の事象において、実はゆるみというものが重要なのではないかと思う。


実例に当てはめてみると
コミュニケーションが苦手な人は大体
「この会話で何かミスをしては駄目だ」と思い過ぎてることに問題がある。
いつもコミュニケーションがうまくいかないから今度こそは目の前を相手にヘマしてはダメだ…
失礼なことを言ってはダメだ…
変な奴だと思われてはダメだ…
つまらないと思われては…
暗いと思われては…
ってなって結局何も言葉が出てこなくなっちゃう。
ここにも緩みが無いのだと思う。

どう思われてもいーや
って感じで話していると会話がよく弾む。




現代人に一番緩みが足りてないのは
「何かここから得なきゃ症候群」「これを何かに残さなきゃ症候群」
だと思う。こういう人が目につく。
こんな人は要注意。かもね。



・何か作品を観たり聴いたりするたびにそれをレビューしなきゃいけない使命感に駆られる

これは心配ですね。最近すげー目にします。聴いた音楽とかをレビューしてる人。
レビューしないまでも記録している人。
何か成長しなきゃ・吸収しなきゃという向上心があるのはいいんですけど
その向上心が半分強迫観念になりつつあったら要注意。



・食ったものをメモしてる。/ オナニーで抜いたオカズをメモしてる

これも実際に居ました。
オナニーの人は誰で抜いたかをAV女優の名前を集計してました。
抜いたオカズをメモしてる人に話を聞くと
「オナニーなんてこの世で一番非生産的な行為だ。
 オナニー後の罪悪感の中心は『なんて無駄な労力と時間を使ってるんだ俺は』という焦りだ。
 だけどそれを記録してデータにすると、なんか
 無駄なことしてる感覚が薄れるんだ。
 俺のオナニーがデータ化に貢献してると。」
と言う。言いたいことは凄くよく分かるよ!!



・日々、ことあるごとに写真で記録しないと気が済まない。

こういう人はもう現代に多すぎてヤバいですね。いっぱい見かけます。
今体験していることをそれで終わりにすれば時間が進むごとに消えていく…。
それは勿体ない気がする…。
これも凄く良く分かるよ!人生で一番重要で大事なものは経験ですからね。
そんな経験をどんどん無駄にしていくというのは不安になる!わけですかね?



道端を歩きながら落ちてるものを全部拾わないと気が済まない強迫神経症の人がいます。
その人は元々、無駄が嫌いな人でした。
道端に落ちてる小銭、ゴミ捨て場に置いてあるまだ使えそうな家具…
これを無視して通り過ぎる…なんかこれ物凄く損をしてるんじゃないか?
ということを考え出したらどんどんズッポリ泥沼にハマっていって
最終的にもうなんでも拾わないと気が済まない。
自分が目にした全てのものから何か「得」を得ないと安心できない

これが行き過ぎると緩みが無い窮屈な人間になりそうな気がする。

ならねーかもしれないけど。



僕も元々、そういうタイプの人間だ。
小学生の頃から、触れたものを全部データにするクセがあった。
実家には膨大な量のノートが保存されており、「データ集」と題された100冊以上のノートに
やったゲームに出てきた敵キャラ、聴いた曲、知った寿司ネタ…などとにかく
書き連ねるという。自分が見聞きしたものを全て形に残さないと気が狂いそうになっていた。


小学生~中学生あたりに自分のキモさに気づいて、意識的にやめたら普通にやめれた。
そしたら今度は全く、物事を記憶しない人間になった。

たぶん、幼い頃に文字で記録するというやり方を頼りすぎていたため
普通に過ごして見たものを、無意識に記憶に残らせる回路が成長しなかったんだと思う。
意識して記録しないと覚えられなくなっていたのは超ヤバかった。

僕はそこからリハビリをした。
ノート一切無し・何かを写真撮るとかも一切なしで
土日になると一週間学校であったことを思い出す。
それをペンで書き出していってはダメ。頭の中に羅列する。
それをすると未熟な脳みそが必死こいて頑張ってる感じがして、頭の中がギュギュギュンと熱くなる感じがした。

いくらか改善はしたような気がするものの現在でも自分は
物事を全然、覚えていない。
経験したこと・作品をスルッスルに忘れる人間である。
見た景色を写真とかを撮る気にもならない。
綺麗な景色を忘れまくる。
何も残ってない。
何をするにも現実の経験を活かせない。


すると今度は脳みそがそれはヤバいと思い始めたのか
でっち上げの経験をたくさん生み出して、それでなんとかカバーしようとし始めたのである。
すなわち妄想力の開花である。

脳みその妄想ファクトリーの部位が満を持してOPENした瞬間
僕は詩を書き始めたのである。
全部自分の経験じゃない全くの嘘、訳の分からない妄想の経験が
頭の中に溢れだしてくる。これはヤバい。
こんなのを許していたら、脳がパンクする。

僕は急いで、自分の頭の中に溢れる作り話を、
「関東チェーンソーチェーンソーズ」というブログを作って吐き出した。
妄想であって創作とは違うので
主人公は僕だし、現実も入り混じっちゃってる。

こうして謎の膨大な文章群、関チェが誕生したのである。









何を言いたいのか。
何かを書き留めたりしてる人は、記憶の回路が衰退してくるぞということ。


違った
ゆるみが必要だということだ。
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by specialmixjuice | 2014-03-09 14:03