弔いはやっぱりタイミング。青木のお坊ちゃん。


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自然法

 今からすると、中世ヨーロッパの絶対王政のイメージというものはあまり良くないかもしれないが、実際の当時のヨーロッパ市民は絶対王政断固反対という感じではなかったらしい。むしろ、国の長がビシッと身構えてくれていた方が国がカオス状態にならず安定するから良かったらしい。「王様の命令が法である」という意識が生まれたのもこの頃からだ。

 王は大体三代目でダメになるらしい。絶対王政一代目は自分でがんばって政権を手に入れたから政治を頑張る。二代目も頑張っていた父の姿を見ているから頑張る。しかし、三代目になってくるとただのボンボンの馬鹿王様になってしまうらしい。
 そうなってくると、市民たちもそんなバカな王様を追い出そうとし始める。そこで出てきたのが自然法だった。
いわば自然法は法を支配するようになった王様に対抗する切り札だったのだ。自然法はこの世における全ての道理であるから、王様も自然法には勝てないだろという発想だった。

17,18世紀には自然法は今までの「神様がそう決めたから」という考えを脱し、理詰めのものとなっていく。今までの自然法は「じゃあ、なんでそうなの?」と問われれば「神様がそう決めたから」と言っておけば全て解決できた。しかし、デカルトの登場によって自分自身の理性に従おうぜという考えが普及し始め、自然法も神様に頼るのではなく数学的な合理性により根拠を説明するようになってきた。

 さらにグロチウスやホッブズが登場する。グロチウスは国際法の父として有名だが何故彼がそのように言われるのか。そもそも、グロチウスはオランダの人だった。オランダは当時既に海外進出しており、海上貿易も行っていた。そんな中で「この海って誰のものなんだ?」という疑問が出てきた。そこでグロチウスが出した結論は「海は誰のものでもないけど、海上に一定のルールはある。」というものだった。このルールとは定められたものではなく、人々のモラルを起点とする人道的なルールだった。これがグローバル版自然法の先駆けとなったわけだ。
 一方でホッブズと言えばリヴァイアサンだが、そもそもリヴァイアサンの何が凄いのか。リヴァイアサンの価値は一回も神様を使わなかったことにあると思う。この考えが近代自然法論のトップだったが、当時はこの神を無視した思想は非常に危険がられて、結果的にホッブズはオランダへと逃げる。オランダは当時は反キリストの悪魔・無宗教の巣窟とされていたらしい。この頃は無神論者はキチガイ扱いだったのだ。

 自然法が重視した「理屈のピラミッド」ができたことによって大法典時代に突入する。「紙に書いた法律」が19世紀に入ってやっとできたのだ。意外と遅い。
 日本は意外と遅れてなかったんだなとも思う。日本人が明治維新時にヨーロッパに行ったとき、「紙に書いた法律」の存在にめちゃくちゃなインパクトを受け、「なんて進んでる国なんだ!!」と自分の国が100年くらい遅れてる感覚になったっぽいが、ヨーロッパの人たちからすれば「いや、これできたの10年くらい前なんだよね…」って感じだったかもしれない。
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by specialmixjuice | 2013-06-17 11:55